中国武術を学んでいる人は、「一度は中国へ行きたい」、「本場中国の地で武術を学び、修練し、強くなりたい」と、思っているのではなかろうか。自分はそう思い続けていた。
八極拳を始めてから10年。それ以前は中国への憧れというのは持っていなかった。中国武術をやり始め、年数が経つにつれ「中国への憧れ」は大きくなり、「人生の夢」の一つとなっていった。いつかは中国へ行くと決めていた事が、10年目にして時期をむかえた。
高校生時代から中国語のラジオ講座を聞き始め、本屋で教材を買い、友人から学生時代に使っていた教材をも譲ってもらい、「いつかは必ず夢をかなえてみせる」と言い聞かせながら勉強をしてきた。もちろん八極拳の練習もかかさずやり通して来た。
1999年12月29日。空港までの道順を間違いながら待ち合わせの場所へ行き、服部先生、指導員の森さんと中国へ渡った。北京空港に到着すると、すぐに中国へ来たという実感がわいて来た。北京体育大学へ留学している春田さんと平田さんが空港まで迎えに来て頂き、タクシーでホテルまで夜の北京の街を一時間位走った。ホテル近くの食堂で夕食を済ましたが、あまりの安さと料理のおいしさに驚き、食べに食べ、飲み、中国初日が終わった。
翌日、春田さん達にお願いし、北京体育大学を案内して頂いた。少ない時間だったが体育大の武術の練習風景を見て、実力のすごさに唖然とした。瞬きするのも惜しい程だった。その後北京市内の武器具を売っている店を回り、滄州行きの電車にのる為北京駅へと向かった。
大阪のMさん達との合流時間の合間を使い、天安門へ行った。その広さといったら日本人の考え方では測りきれない程だった。
「百聞は一見に如かず」、自分の目で見ないと何とも説明がつかない。凄いの一言だ。待ち合わせの時間になりMさん達と合流し、滄州行きの電車に乗り、約三時間孟村での生活を考えながら到着するのを待った。
滄州駅に近づくと薄暗く灯りが見えてきて、どこかしら緊張感が生まれてきた。駅に一歩踏み降りた瞬間は今でも忘れられない。改札を出るとすぐに呉連枝老師の姿が見え、快く歓迎して頂いた。着くや否や老師方と夕食をとったが、聞いていた以上に料理が並べられるのを見て、茫然とした。生まれて初めての大量の夕食には苦しさのあまり寝付けない程だった。
1999年12月31日。一回目の練習を朝早くから始めた。やはり八極拳の生まれた地での練習は気持ちが良く、まるで自分が強くなったかのようにも感じられた。空気も澄んでいて一つ打つ度に、どこかしら開放感が得られるような気持ちになっていた。
朝食後、再び八極拳の練習をした後にかねてより呉秀峰老師のお墓参りと鉄獅子に行ってみたいという夢を呉連枝老師にお願いしたところ快く引き受けて頂いた。
呉連枝老師の都合に合わせてこの日はお墓参りへ出かけた。限りなく広い大地の真中にお墓が立っていた。墓には八極拳の歌訣と呉秀峰老師の生い立ちが彫られてあった。写真を撮った後遠回りをして家へ戻るかと思ったら呉栄老師、呉会清老師のお墓へと案内して頂いた。この事には本当におどろいた。先人の老師のお墓参りをするごとに、これからも八極拳を続け、八極拳の発展の為お手伝いをしていくことを約束した。
夕食の時間になり楽しみにしていた羊肉のしゃぶしゃぶだった。羊肉も食べた事がなかったのでどんなものか本当に楽しみだった。多人数だったのでかなりの肉の量がでてきた。それでもすぐになくなり、まだ大皿にのった羊肉が運びこまれてくる。いつまで運んでくるのだろうと思う程、次々と並べられた。
翌日の朝食は食べられない程食べたはずだったが、ゆで卵のおいしさにはかなわず、平均七、八個は食べていた。朝食でかなりおなかもふくれ、食休みをしていると呉連枝老師が餃子を作り始めていらした。元旦は餃子を作って食べる中国の習慣に感激した。そのうち餃子が積み重なるのをみてすぐに外に出て八極拳の練習を始めた。食休みなどしているひまなどない、とりあえず体を動かして、少しでも腹をすかさないと食べられない量を呉連枝老師は笑顔で作っていらした。違う意味八極拳が上達するはずだと思った。
他の人の倍以上食べたはずなのに大量にあまった餃子があったが手がつかなかった。その時にかぎって呉連枝老師の奥さんが入っていらして、自分の取り皿に餃子を入れて下さる。服部先生が「奥さんは伏兵だぞ」といっていた意味がこの時解った。
動けない体をやっと起こしたのが、この後に鉄獅子を見に行くという言葉だった。実際に目の前にした時には長い歴史のある中国と、25年間の自分の人生、八極拳と頭の中で回っていて、我に返るのに時間がかかった。その後は写真を撮り、フィルム一本をつかった。夜は呉連枝老師から八極拳のことや、行者棒の質問などいろいろ教えて頂いた。
夜遅くにもかかわらず呉大偉老師から羅漢拳を習った。動作が大きいので、自分に欠けている所を補うのに適していた。細かい所など教えて頂き、夜中まで練習をした。
1月2日。近くの市場で常玉剛老師と会い、夕方に会う約束をした後、楊傑老師宅へ出かけた。7年ぶりにお会いした楊傑老師はどこもお変わりなく、自分の事も覚えていて下さった事がうれしかった。単打を初めて習ったのが楊傑老師であったので、食後に単打を見て頂き、改めて手直しして頂いた。その後、楊老師の弟さんの楊静老師に小架二路の細かい所を教えて頂いた。言葉は通じない所もあったが、多くの事を学べたことが嬉しかった。
この日の夜は常玉剛老師に小架一路を見て頂き、自分に足りない「空」について長い時間をつかって教えて頂いた。翌日も朝早くから常玉剛老師がいらして四朗寛まで部分分けしながら教えて頂いた。丁寧で分かりやすく、自分に足りない所をみつけられる教え方だった。
午後には帰国の為、なごりおしい孟村を後にして北京のホテルへ向かった。
初めての中国。孟村。期待以上の経験をしてきた。自分の八極拳で欠けている点を知ることも出来、何よりもより一層八極拳を楽しむことが出来るようになった。
最後に服部先生、森指導員、通訳をして頂いた春田さん、平田さんに感謝します。いろいろお世話になりました。
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